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外壁工事

Posted by kazunhana on 27.2015 家のこと 0 comments 0 trackback

家も中古で買ったので、築13年になります。新築後に簡単な塗装しかされていないので、そろそろ塗り替えないととは思っていたのですが、今回、塗り替えることにしました。チキチキは購入の時点から色が気に入らないと言っていましたし。

足場を組んでもらいます。3階建てなので結構手間です。木造の三階建ては珍しいようです。



僕はこの色にも慣れてきたので、このままでも良いのですが、ひび割れとが生じる前に塗り替えた方が、良いのでしょうがないです。



玄関回りも養生されます。







二週間ほどかかるようです。

日本懐かし自販機大全

Posted by kazunhana on 22.2015 20世紀少年必読本 0 comments 0 trackback

絶滅しつつある自販機の特集です。
以前は、オートスナックなどとして各地に存在した自販機コーナーですが、その後のコンビニの普及により姿を消しつつあるようです。国道沿いなどによく見られましたが。
麺類の自販機は普通ですが、ハンバーガー、トーストサンド、電熱ヒーターで1分熱せられて熱々で出てくるようです。
レトルトパウチを使用したカレーの自販機もあるようですが、故障して出てこなかったらいやですね。
コインスナック、コインレストラン、まさに昭和ノスタルジ-です。

家庭用ゲーム機コンプリートガイド

Posted by kazunhana on 22.2015 20世紀少年必読本 0 comments 0 trackback

家庭用ゲーム機の歴史が完璧に分かる1冊です。
世界初の家庭用ゲーム機は、アメリカのマグナボックス社のオデッセイで1972年でした。
日本初の家庭用ゲーム機は、エポック社で1975年のテレビテニス、しかしマグナボックス社との業務提携でした。これ、同級生が持っていて、何回かやらせてもらいました。
その後、トミー、バンダイなどが出し、任天堂が1977年、カラーテレビゲーム6を出します。
1981年にはエポック社がカセット交換式を出します。
1983年に任天堂がファミコンを出し、国内で1935万台、世界で6191万台を売ったとあります。僕は任天堂のは買わずに、シャープのツインファミコンを1986年に買っています。僕のファミコンデビューは86年でした。ツインはディスクシステムがセットされていて、便利かと考えました。ドラゴンクエストⅠも世間で騒がれる前に買ったものです。しばらくはRPGの面白さが分からなかったのですが、その後、FFシリーズやウィーザードリィなど、すっかりはまりました。
1990年にスーパーファミコンを買って、1994年にセガサターンを買っています。バーチャファイター2をチキチキとよくやりました。その後、プレイステーションを買いました。鉄拳2、グランツーリスモをガンガンやりました。グランツーリスモのシミュレーションぶりは感動ものでした。これは現在、5までいっているのでしたっけ。僕は3で中断しています。退職後はそろえたいと考えています。1996年のNINTENDO64は買いませんでした。1998年のセガのドリームキャストも買ってません。2000年のプレステ2は相当やりました。この機は発売後10年で1億5千万台以上を世界中で売ったとか。DVDも再生できたのは便利だったようです。
マイクロソフトは2002年にXboxを出しました。
僕はゲームは中断しているので、2006年のプレステ3は未購入です。いずれ、バーチャファイター5、ストリートファイターⅣもやってみたいです。任天堂Wiiは2006年ですが、これはスペックではなく、ゲームの楽しさを売りにしたものです。スポーツゲームで体を動かすのも良いかもと思っています。
2014年にはプレステ4が出ます。ユーザーによるゲーム配信もできるようになりました。だんだんついて行くのがしんどくなりました。

任天堂コンプリートガイド

Posted by kazunhana on 21.2015 20世紀少年必読本 0 comments 0 trackback

ファミコン誕生以前の任天堂が分かる一冊です。
僕らの子供の頃の任天堂は、トランプ、花札だったのですが、そんな中、最初に記憶しているのが、ウルトラハンドです。近所の子が持っていました。120万個を売る大ヒット商品となりました。次はツイスターゲームでした。パーティゲームでしたね。
その次はウルトラマシン。バッティングマシンです。これも近所の子が持っていてよく遊びました。これも年間100万台を売る大ヒットでした。その後、光線銃シリーズです。これは今でもほしいです。
テレビゲームの最初のゲーム機は、1975年でした。
1980年にゲーム&ウォッチが出ました。常に世の中がほしがるヒット商品を生み出してきた任天堂、これからも期待したいです。
本書はたくさんのカラー写真で歴代商品が紹介されています。必読書です。

鋼の超絶技巧画報

Posted by kazunhana on 21.2015 20世紀少年必読本 0 comments 0 trackback

プラモデルボックスアートの第一人者、戦車画の最高峰の高荷義之の作品集です。
1935年生まれの氏は小松崎茂の門下生としてスタートし、60年代には少年誌やプラモデルの箱絵で注目を浴びました。
今井科学のプラモデルでは零戦などの戦闘機を、タミヤのプラモデルでは戦車を正確に描かれています。
80年代にはアニメの世界でも有名になります。ガンダムやマクロスなどの箱絵も手がけます。精密ですばらしい作品群です。

桃山駅の桜

Posted by kazunhana on 17.2015 散策 0 comments 0 trackback

2月17日ですか、桃山駅の桜が咲き始めました。早いです。

昭和のテレビ欄

Posted by kazunhana on 15.2015 20世紀少年必読本 0 comments 0 trackback

1954年から1988年までのテレビ欄が収録されています。毎日ではなくて、4月と10月の番組編成期の1週間ずつが取り出されています。
東京での放送局なので、関西人には局名が違うのですが、当時を懐かしむには十分です。
1963年のズバリ当てましょうは、当時、100万円相当の電化製品などが当たりました。
当たり前田のクラッカーとか、当時はスポンサーが全面に出ていました。アニメのオープニング局にも、グリコ、グリコとか入っていました。
ビッグXでは、放送の最後に、「この番組を提供するのは、僕の大好きな月のマークの花王石鹸です。」と主人公が堂々と語ります。一社提供という時代だったのです。
アメリカの番組もたくさん入ってきていて、コンバットもありましたが、当時、観ていなかったので、DVD集を集めています。タイムトンネルもDVDが出たので入手しました。
がっちり買いまショーも長いこと続きましたね、「10万円、7万円、5万円、運命の分かれ道」。
僕の夢は、時代順にそろえたDVDを順番に見ていき、その時代に浸ることです。まだスタートしていません。収集段階です。観るだけで何年もかかりそうです。

帰ってきた昭和レトロ商店街

Posted by kazunhana on 15.2015 20世紀少年必読本 0 comments 0 trackback


昭和レトロ商店街の第二弾です。
懐かしの商品が紹介されています。
箱入りキャラメル、1899年、森永によって作られてから久しいですが、最近はあまり見かけなくなったという話です。実感としてはそんな感じです。食べている人も見かけなくなりました。オマケでよく売れたと思いますが、バリエーションに欠けるのでしょうか。
牛乳石鹸、子供の頃、シャボン玉ホリデーのコマーシャルで、モーッと懐かしいです。
キョロちゃんの秘密、チョコボールのキャラは、宇宙少年ソランのチャッピーだったようです。その後にキョロちゃんが生まれたようです。おもちゃのカンヅメを近所の子が当てて、うらやましかったことを思い出します。
肝油ドロップ、夏休みになると、一缶買わされて食べていました。サメの肝臓の油ということで、体には良かったのでしょうか。昔は、栄養失調の子もいたくらいなので、学校に売り込まれたようです。
即席ラーメン、昭和33年に世に出ました。チキンラーメン、チャルメラ、出前一丁、サッポロ一番あたりはよく食べました。大村昆ちゃんのちびっ子歌合戦?だったか、番組中で、出前一丁のラー油を好みで入れることなどを説明していたシーンが思い出されます。

続・懐かしくて新しい昭和レトロ家電

Posted by kazunhana on 08.2015 20世紀少年必読本 0 comments 0 trackback
強調文
家電製品カタログが伝える昭和30年代のエネルギーとあります。
以前紹介したレトロ家電の続編です。
どんどん便利になっていった30年代、でもテレビが10万円ほどした時代、相当高価でしたが、1家に1台なくては世の中についていけない必需品となりました。大卒初任給が1万円を超えた頃です。
現代家電の原型がありますが、アイディア一杯の中にはその後、見かけなくなった製品もあります。自動はさみ、電気缶切りなどなど。テレビ立体映像拡大装置、3Dの先取りですが、14インチ画面が17インチに見えるとか、レンズだったと思います。我が家にもありました。立体というより拡大されて立体的という感じだったと思いますが、すぐに使わなくなった感じです。頭がクラクラしたような記憶があります。
扇風機も多種多様でした。半世紀たっても我が家はまだ扇風機です。

1964年のジャイアント馬場

Posted by kazunhana on 01.2015 20世紀少年必読本 0 comments 0 trackback



書店に分厚い本が山積みです。手に取るとジャイアント馬場の本です。
最初は迷って買わなかったのですが、次に見かけた時には買ってしまいました。
600ページありますが一気読みです。
帯に、かつてアメリカにイチローより有名な日本人アスリートがいた、とあります。これは大げさかとは思います。知名度という点では。
著者は、おそらく、マジソンスクェアガーデンというプロレスの聖地において、バディ・ロジャースやブルーノ・サンマルチノあたりと世界王者のタイトルマッチを行ったことなどを評価したものかと思います。
1964年という見出しは、1963年に力道山が死んで、混乱した日本プロレス界が、当時、アメリカに遠征中だった馬場を呼び戻そうとするのですが、一方、グレート東郷が、馬場をアメリカで売り込むため、手取り年収27万ドルの10年契約を提示したという、象徴的なポイントを表しているのかと。
現在の年収でいうと、5~6億円となるようです。
馬場はそれをけって、というか、グレート東郷のことは嫌いだったようですが、日本に帰り、活躍したことは有名な話です。
僕は、猪木派だったので馬場のことはあまり好きではなかったのですが、子供の頃、鉄の爪フリッツ・フォン・エリックや黒い魔神ボボ・ブラジルなどとの一戦はわくわくしながら観たものです。
アメリカ時代の馬場は、体もガッシリしていて、凄みにあふれています。みんなが知っている馬場は、腕も細くなり、スピードの落ちた印象ですが、当時はよく動けたようです。そういう意味でアスリートと表現したのかと思います。
本書では、バディ・ロジャース、ネイチャーボーイと呼ばれていましたが、これを襲撃したカール・クラウザー、その後のカール・ゴッチですが、などの逸話も出てきます。プロレスファンには懐かしい話です。
小学3年の頃だったか、漫画でカール・ゴッチの話を読んだことを鮮明に思い出します。
中学の頃から、月刊ゴング、その後の週間ゴング、週間プロレス、週間ファイトを定期購読し、熟読してきた人間としては、その頃のワクワク感があります。
一方で、馬場がNWA世界タイトルをジャック・ブリスコから7万ドルぐらいの裏金で買ったという、当時の夢をぶちこわす話も出てきます。この試合など、テレビで観ていたのですが・・・・。しかもブリスコが体に100ドル札を何百枚も体に巻いてアメリカに帰る話などもおまけされます。当時、現金は5千ドルまでしか持ち出しできなかった時代の頃です。
まあ、エンターテインメントに徹した馬場というところですが、懐かしき良き時代でした。
  

プロフィール

kazunhana

Author:kazunhana
最近メタボ解消、でも筋肉がつり気味はひどくなる年齢に。
少し収集癖のある、1960年代を愛する20世紀少年。
嫁さんは城・戦国マニアで、チキチキマシン猛レース!

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